上田ささや 社長の日記

長野県上田市の結婚式場ささやが発行している月刊『ささやタイムズ』。社長が書く名物コラムをブログで公開いたします。 また、日ごろ考えていることを不定期に掲載いたします。

言霊の国

 小春日和の今日この頃、いかがお過ごしでございましょうか。日ごろはひとかたならぬご高配にあずかり、心から御礼申し上げます。誠にありがとうございます。
 さて、いまやどこの企業組織でも、よい言葉を発するということが常識になっていることと思います。私も今までビジネス関係のいろいろな勉強会に参加致しましたが、どの会でも前向きな発想をして、よい言葉を発すべきであるという考え方は共通しております。
 例えば「もう仕事がいやになっちゃうよ、つまらない」と言いたいときには「いま大変だけど、ここを乗り越えて楽しく仕事ができるようにしよう」と言い換えることができますし、「彼の失敗のせいでみんな迷惑かけられたなあ」と言いたいなら「彼が失敗したのは周りの僕らの責任でもある。みんなで支援して次回は絶対に成功させるぞ」と言うことができるのです。このような言い換えは、はじめは違和感があるかもしれませんが、無理をしてでも言っているうちに、だんだんと当たり前になってしまうものです。そして、このようなよい言葉に満ちた空間には誠実な人が集まってくるように思います。
 私はよい言葉が環境をよくするということは『言霊(ことだま)』の霊威と関係があると思っていました。言霊とは、言葉がもつ不思議な力のことをいいます。この言葉は昔から社内で使って参りましたが、いったいどういう経緯がある言葉なのか、気になってきましたので調べてみました。その結果、万葉集にたどり着きました。そして、次のような歌があるのを見つけました。
 『磯城島の大和の国は言霊の幸はふ国ぞま幸くありこそ(しきしきのやまとのくにはことだまのさきはふくにぞまさきくありこそ)』(日本の国は言葉の霊力で幸福がもたらされる国だ。その力によってどうぞご無事であってほしい)巻13・3254
 この歌は遣唐使の派遣に際する儀礼歌だそうです。我々の祖先が、千年以上も昔から言葉の霊威を認めて、その力にすがっていたのかと思うと、現代に通じるものがあるなあと思って、うれしく感じました。もう少し調べてみると、言霊に関する歌が他にもありました。
 『言霊の八十のちまたに夕占問ふ占正に告る妹は相依らむ(ことだまのやそのちまたにゆふけとふうらまさにのるいもはあいよらむ)』(夕暮れの辻に出てそのざわめきの中に発現する言霊から占いをすると、思う人はやってくるとのお告げを得て胸がときめく)巻11・2506
 解説書によると、夕暮れにも、ちまたにも霊的な意味があり、夕暮れの巷は神意を問うのにもっとも適した時空であったといいます。また、言葉の威力は日常言語では作用せず、呪術や祭式などの特定の時空と特定の発声が必要とされたそうです。どんな言葉にも言霊が宿っているという簡単なものではないようです。私が考えていた、よい言葉を発すればその言葉の霊威が発揮されるというのは、やや拡大解釈であるということになります。
 そうはいっても、私はよい言葉の霊威を信じて、よい言葉を勉強し、使おうと思います。よい言葉を使うことで、セレンディピティ(偶然の出会いを幸運に変える力)がついてくるような気がいたします。
 (古文の解釈等についてはすべて私見です。間違いがございましても、随想ということでどうかご容赦ください。もしくはご教示ください。)
  平成十八年十月二十八日 代表取締役 米津仁志

参考文献:  『万葉集ハンドブック』(多田一臣編)三省堂2005年
『新訓万葉集(上巻・下巻)』(佐佐木信綱編)岩波文庫2005年