上田ささや 社長の日記

長野県上田市の結婚式場ささやが発行している月刊『ささやタイムズ』。社長が書く名物コラムをブログで公開いたします。 また、日ごろ考えていることを不定期に掲載いたします。

波瀾万丈のカリスマ

 秋冷の心地よい季節、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。日ごろは格別のお引き立てを頂き、厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。
 先日、ある雑誌のオーディオセミナーで指宿ロイヤルホテル社長の有村佳子さんの御講演を拝聴しました。全国で100名が選ばれた観光カリスマの一人として、またその他にも多方面でご活躍されている女性経営者です。会社経営も非常に好調ということです。
 有村社長の生い立ちは驚くべきものでした。埼玉県に生まれ、戦後、貧しい家計の中で銀行に就職をしたものの、結核にかかり、長期に入院を余儀なくされます。そして入院中に、同じく入院していたある青年と婚約をされるのですが、その青年は退院することなく、結核で亡くなってしまいます。退院後はその青年の遺言に書かれていた別の男性と結婚をして指宿へ嫁いでいきます。ご主人は長期にわたって病んでいた方なのですが、ビジネスを起こしたいという壮大な夢があり、その夢の実現のため、夫婦で共に歩んでいくのです。そして夢の一つだったホテルを建て、これからというところで、そのご主人が病気で亡くなってしまいます。そのとき、妻としての立場上、社長をやらざるを得なかったのですが、あまりにも荷が重過ぎて、ホテルを売ってしまおうと考えられたそうです。
 しかし、最終的には社員を守るため、ホテルと莫大な借金を引き継ぐ決心をして、大変な苦労をされながら、経営をなさってきたそうです。今では事業に成功されて、言葉にも自信と決意が感じられました。非常に迫力のあるお話なのですが、私の稚拙な文章では、それをお伝えできなくて残念です。
 有村社長のあまりにも数奇な人生に比べて、我々はなんと幸せなんだろうと思います。私が小学生のころには、周りにいたおじさん、おばさんたちは、ほとんどが戦時中をしのいできた人たちでしたから、何かあるごとに、「戦時中はね・・・」という話を聞いてきました。年が経つにつれて、戦争を知る世代がだんだんと少なくなり、死と向かい合った貴重な体験談が聞けなくなりました。
 しかし、戦争でなくとも、有村社長のように病気や死に直面し、大変な経験をされている方がいるのです。結核といえば今でも大変な病気ですが、当時は不治の病といっても過言ではありませんでした。その辛い状況の中で、自分の行くべき道をしっかりと決断してきた人生はすごいものだと思います。
 田坂広志さんの御著書『なぜ働くのか』(PHP研究所)に、経営者として大成するためには「投獄、大病、戦争」のいずれかの体験を持っていなければならぬと書いてあったのを思い出しました。今となっては、そのどれも自ら体験できるものではありませんが、戦争前後にはどれもありうることだったのです。厳しい体験を通じて自分の人生に感謝し真剣に向き合うことがいかに人間を成長させることか。まさに有村社長のことでした。
 また、親炙されている京セラ創業者の稲盛和夫さんのお話を引用されています。「経営は心である。心が高まれば経営は伸びる。心を高めるとは良きことを思うことである。」
 有村社長は、どんなことが起ころうとも良きことを思うという日常は難しかったとおっしゃっていますが、その人生は良きことを思い続けなければ、とても生き抜いてこれなかったであろう厳しく辛いものでした。アウシュビッツ収容所での体験を著した『夜と霧』(みすず書房)で有名なV・E・フランクルの思想にも通ずるような気がいたします。稲盛さんの話ではありますが、社長自身の人生でもあるような気がいたしました。
 
 平成十八年十月一日 代表取締役 米津仁志
 参考:日経ベンチャー経営者倶楽部CD九月号