都会のオアシス
残暑もようやく和らいでまいりました。いかがお過ごしでございましょうか。日ごろは大変お世話になっております。誠にありがとうございます。
先日東京に出張したときのことです。ある地下鉄の駅を出て、いくつもある出口の一つから、狭い階段を上がりました。地上は、日が翳りかけているとはいえ、真夏の東京のこと、むあっとした空気に包まれています。そこには、お世辞にもきれいとはいえない、水溜りといってもいいような古い小さな人工の池のようなものがありました。池の周辺にはそこが日陰になるように、何本もの樹木が植えられていました。そして、数人の人たちがその池を囲むように、階段状になったコンクリートの地面に思い思いに腰をおろしていました。カップルもいれば、疲れきったように見える制服姿の人や、背広を脱いで、シャツの腕まくりしている若いホワイトカラーの人もいました。
すぐそばには広い道路が走り、信号機が変わるたびに大勢の人々が通り過ぎていきます。自動車の排ガス臭が漂い、クラクションや地下鉄のガタガタ音も響いています。そんな場所が、まるで時間が止まったように、彼らのオアシスになっているのです。東京のすきまに泉を見つけたような気がしました。
さて、その近くにある目的地のビルに早めに到着したので、一階の共有スペースのベンチに座って、書類を整理することにしました。ふと周りを見渡すと、壁一面がガラスとなっており、その向こうに見える隣のビルとの谷間は、絶好の日陰となっていました。そこに細い高原風の樹木が植えられており、ビル風のせいなのか、見た目も涼やかに風になびいておりました。樹木の周りのベンチには、文庫本を読みふける中年男性や、楽しげに話しこむOL、買い物途中らしき年配女性三人組など、いろいろな人が午後のひと時を過ごしていました。そこを見ていると、なんだかとても平和でのんびりした世界へ来たような気持ちになっていました。ここにもオアシスがあったのです。
一方の壁面を見ると、ピカソの「ゲルニカ」の実物大らしきレプリカが掲げられていました。爆撃によって多数の住民が犠牲になったスペインのゲルニカという町の苦悩を描いた、有名な絵画です。数メートルもあって大きい上に、色は白黒なのです。この一面からは悲しみや怒りが漂ってくるような気がしました。この衝撃的な絵画が、どのような経緯でこの平和な一角にあるのだろうと疑問に思いつつも、周りとのコントラストに気をとられて、傍らにあった解説を読むのを忘れてしまいました。東京の街をゲルニカのように見ているとするなら、ここはオアシスかと、ちょっと皮肉に感じてしまいました。(このビルの名前はエスペラント語でオアシスの意味だと後で知りました。)
東京の人は近くで小さな楽しみを探し出すのが上手ですね。都会で生きぬく人々のたくましさを感じた瞬間でした。
平成十八年八月三十日 米津仁志
先日東京に出張したときのことです。ある地下鉄の駅を出て、いくつもある出口の一つから、狭い階段を上がりました。地上は、日が翳りかけているとはいえ、真夏の東京のこと、むあっとした空気に包まれています。そこには、お世辞にもきれいとはいえない、水溜りといってもいいような古い小さな人工の池のようなものがありました。池の周辺にはそこが日陰になるように、何本もの樹木が植えられていました。そして、数人の人たちがその池を囲むように、階段状になったコンクリートの地面に思い思いに腰をおろしていました。カップルもいれば、疲れきったように見える制服姿の人や、背広を脱いで、シャツの腕まくりしている若いホワイトカラーの人もいました。
すぐそばには広い道路が走り、信号機が変わるたびに大勢の人々が通り過ぎていきます。自動車の排ガス臭が漂い、クラクションや地下鉄のガタガタ音も響いています。そんな場所が、まるで時間が止まったように、彼らのオアシスになっているのです。東京のすきまに泉を見つけたような気がしました。
さて、その近くにある目的地のビルに早めに到着したので、一階の共有スペースのベンチに座って、書類を整理することにしました。ふと周りを見渡すと、壁一面がガラスとなっており、その向こうに見える隣のビルとの谷間は、絶好の日陰となっていました。そこに細い高原風の樹木が植えられており、ビル風のせいなのか、見た目も涼やかに風になびいておりました。樹木の周りのベンチには、文庫本を読みふける中年男性や、楽しげに話しこむOL、買い物途中らしき年配女性三人組など、いろいろな人が午後のひと時を過ごしていました。そこを見ていると、なんだかとても平和でのんびりした世界へ来たような気持ちになっていました。ここにもオアシスがあったのです。
一方の壁面を見ると、ピカソの「ゲルニカ」の実物大らしきレプリカが掲げられていました。爆撃によって多数の住民が犠牲になったスペインのゲルニカという町の苦悩を描いた、有名な絵画です。数メートルもあって大きい上に、色は白黒なのです。この一面からは悲しみや怒りが漂ってくるような気がしました。この衝撃的な絵画が、どのような経緯でこの平和な一角にあるのだろうと疑問に思いつつも、周りとのコントラストに気をとられて、傍らにあった解説を読むのを忘れてしまいました。東京の街をゲルニカのように見ているとするなら、ここはオアシスかと、ちょっと皮肉に感じてしまいました。(このビルの名前はエスペラント語でオアシスの意味だと後で知りました。)
東京の人は近くで小さな楽しみを探し出すのが上手ですね。都会で生きぬく人々のたくましさを感じた瞬間でした。
平成十八年八月三十日 米津仁志




