季節を感じる嬉しさ
暑中お見舞い申し上げます。皆様いかがお過ごしでございましょうか。日ごろは大変お世話になっております。誠にありがとうございます。
どんなに季節感のない人でも、季節を感じざるを得ない強い季節、夏がやってまいりました。『季語集』(坪内稔典)という新書を読んでおりましたら、次の文章が目に留まりました。
『エネルギーに満ちた子どもや青年は、その存在そのものが自然であり、四季に分けることをまだ必要としていない。(中略)子どもや青年は、季節感などを意識しないほどに自然的であるほうがよい。自然のエネルギーに満ち満ちておればいい。やがて、そのエネルギーにだけでは生きづらくなったとき、季節に頼り、そして俳句を作ろうか、と思ったりもする。』
私は、一般的なものの考え方にしたがって、いまどきの子どもは季節に触れる機会がないのだろうなあと、大人びた偏見をもっておりましたが、坪内さんのおっしゃるとおり、子ども達はその存在自体が自然なのでした。
彼らを思い浮かべれば、夏には夏休みがあり、半ズボンをはき、プールや海へ行き、スイカを食べ、アイスを食べて、虫をとりにいきます。うちの近くの蛭沢川という小さな(あまりきれいでない)川で魚とりをしている子どもを見かけたこともあります。いくら町の子で、プレステや塾がどうのこうのといっても、彼らは知らず知らずのうちに体全体で夏を表現しているのです。それについていくことの出来ない大人は、子どもには季節感がわからない、と評論するのが精一杯なのでした。
もう一つ皮肉なことがあります。町を歩くと暑いのは確かでも、その他に夏を感じさせる自然と出会うことはあまりありませんが、スーパーには季節感があふれているということです。私は食品に興味がありますので、スーパーへ行くと食品コーナーを片っ端から見て回ります。「ほうれん草が青々として厚い葉になって、安くなってきた」「人参が小さくなってきた」「柑橘系の種類が増えてきた」「鰹がでてきた」「鯵が丸々として安くなってきたぞ」などなど、発見だらけです。
スーパーへ毎日通っている方は微妙な変化を知っている季節感の豊かな方であろうと思います。
このような、松尾芭蕉の江戸時代とはやや違う季節の感じ方も、いまでは堂々たる季節感ではないでしょうか。京都では今ごろ四条河原に飲食店の納涼床(すずみゆか)がでて、お客さんたちがそこでお酒を飲んで、涼みを楽しんでいます。納涼床はさすが江戸時代からの風習であって、季語として歳時記に掲載されております。さて、我が信州の夏の風物詩「つけば」は・・・・残念!掲載されていませんでした。
参考文献『季語集』坪内稔典(岩波新書) 『角川俳句大歳時記 夏』(角川書店)
平成十八年六月三十日 米津仁志
どんなに季節感のない人でも、季節を感じざるを得ない強い季節、夏がやってまいりました。『季語集』(坪内稔典)という新書を読んでおりましたら、次の文章が目に留まりました。
『エネルギーに満ちた子どもや青年は、その存在そのものが自然であり、四季に分けることをまだ必要としていない。(中略)子どもや青年は、季節感などを意識しないほどに自然的であるほうがよい。自然のエネルギーに満ち満ちておればいい。やがて、そのエネルギーにだけでは生きづらくなったとき、季節に頼り、そして俳句を作ろうか、と思ったりもする。』
私は、一般的なものの考え方にしたがって、いまどきの子どもは季節に触れる機会がないのだろうなあと、大人びた偏見をもっておりましたが、坪内さんのおっしゃるとおり、子ども達はその存在自体が自然なのでした。
彼らを思い浮かべれば、夏には夏休みがあり、半ズボンをはき、プールや海へ行き、スイカを食べ、アイスを食べて、虫をとりにいきます。うちの近くの蛭沢川という小さな(あまりきれいでない)川で魚とりをしている子どもを見かけたこともあります。いくら町の子で、プレステや塾がどうのこうのといっても、彼らは知らず知らずのうちに体全体で夏を表現しているのです。それについていくことの出来ない大人は、子どもには季節感がわからない、と評論するのが精一杯なのでした。
もう一つ皮肉なことがあります。町を歩くと暑いのは確かでも、その他に夏を感じさせる自然と出会うことはあまりありませんが、スーパーには季節感があふれているということです。私は食品に興味がありますので、スーパーへ行くと食品コーナーを片っ端から見て回ります。「ほうれん草が青々として厚い葉になって、安くなってきた」「人参が小さくなってきた」「柑橘系の種類が増えてきた」「鰹がでてきた」「鯵が丸々として安くなってきたぞ」などなど、発見だらけです。
スーパーへ毎日通っている方は微妙な変化を知っている季節感の豊かな方であろうと思います。
このような、松尾芭蕉の江戸時代とはやや違う季節の感じ方も、いまでは堂々たる季節感ではないでしょうか。京都では今ごろ四条河原に飲食店の納涼床(すずみゆか)がでて、お客さんたちがそこでお酒を飲んで、涼みを楽しんでいます。納涼床はさすが江戸時代からの風習であって、季語として歳時記に掲載されております。さて、我が信州の夏の風物詩「つけば」は・・・・残念!掲載されていませんでした。
参考文献『季語集』坪内稔典(岩波新書) 『角川俳句大歳時記 夏』(角川書店)
平成十八年六月三十日 米津仁志




